15分文学

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食事についてのテキスト

その食堂には、メニューというものがなかった。木板の床に直置きされた黒板には、「和食」「洋食」とだけ書かれてある。そこへ行くのは初めてのことだったが、その大雑把なもてなしには親近感を覚えた。

 「じゃあ和食で」と、わたしはつぶやくように伝えた。特別に和食が食べたかったわけではないが、この店が作る「和食」というものに興味があった。ほどなくして、盆に乗せられた「和食」が目の前に置かれる。それは、鯖の味噌煮と白ご飯、たくあん、鰹節に味噌を溶いた「かちゅーゆ」といったその地方の家庭料理の、しごくシンプルな定食だった。

白ご飯に箸を伸ばす。なんのことはない、白いご飯。しかしよく見れば焦げ目が香ばしく、丁寧に炊かれたことが見てとれる。咀嚼音が必要以上に響く気がするが、それはわたしの思い過ごしかもしれない。店内には音楽が流れていたはずだ。けれど、わたしはただ米を噛む音しか聞こえなかった。

「とても、おいしいです」

ただの一言、つぶやくように言葉にすると、店主と思わしき女性はにこりと微笑みを返す。コミュニケーションがとれたように感じ、わたしは満足する。伝えることに意味があるのだろうと感じる。たくさんの人と会うのに、たくさんの人と話すのに、会話というものを久方ぶりにした気になるのはなぜだろう。

台所の奥からは、醤油の香りが漂ってくる。椅子の上で体をよじると、ギイと木板が鳴る。わたしは咀嚼する。ただ目の前にある食事を全身で味わおうとする。

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テーマ失念

2014冬