15分文学

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食事についてのテキスト

その食堂には、メニューというものがなかった。木板の床に直置きされた黒板には、「和食」「洋食」とだけ書かれてある。そこへ行くのは初めてのことだったが、その大雑把なもてなしには親近感を覚えた。

 「じゃあ和食で」と、わたしはつぶやくように伝えた。特別に和食が食べたかったわけではないが、この店が作る「和食」というものに興味があった。ほどなくして、盆に乗せられた「和食」が目の前に置かれる。それは、鯖の味噌煮と白ご飯、たくあん、鰹節に味噌を溶いた「かちゅーゆ」といったその地方の家庭料理の、しごくシンプルな定食だった。

白ご飯に箸を伸ばす。なんのことはない、白いご飯。しかしよく見れば焦げ目が香ばしく、丁寧に炊かれたことが見てとれる。咀嚼音が必要以上に響く気がするが、それはわたしの思い過ごしかもしれない。店内には音楽が流れていたはずだ。けれど、わたしはただ米を噛む音しか聞こえなかった。

「とても、おいしいです」

ただの一言、つぶやくように言葉にすると、店主と思わしき女性はにこりと微笑みを返す。コミュニケーションがとれたように感じ、わたしは満足する。伝えることに意味があるのだろうと感じる。たくさんの人と会うのに、たくさんの人と話すのに、会話というものを久方ぶりにした気になるのはなぜだろう。

台所の奥からは、醤油の香りが漂ってくる。椅子の上で体をよじると、ギイと木板が鳴る。わたしは咀嚼する。ただ目の前にある食事を全身で味わおうとする。

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テーマ失念

2014冬

拒否

思えば、たくさんのことを受け入れ続けてきた。桜が舞えばその美しさを讃え、人の手料理をおいしそうに頬張り、本を読んでは涙を流した。そして今、テーブルに出されたクリームシチューを白飯を前にして、気付いてしまう。いったい、そのどこまでが本心だったのだろうと。

むくりと生まれた疑念は、浴室を腐敗させる黒カビのように増殖していく。ああ、そうだ。わたしは人の手垢が付いた料理など、微塵も好きではなかったのだ。

そもそも、桜が美しいというのも幻想ではないか。桜の木の枝にはいつだって毛虫が這っていたし、木の下には死体が埋まっているように感じられて気味が悪い。それでは、本を読み、流した涙の正体は。それは感動の涙ではなく、もしや、作者への嫉妬や羨望からくるものではなかったか。

むぎゅむぎゅと咀嚼音が響く。金属製のスプーンがざらついた陶器のボウルをすべる音が耳障りだ。潮時とは、かくも唐突にやってくるものか。しかし、そう思いながらも次に移すべき行動すらわからずに固まっている自分の姿は、なんと滑稽なことだろう。

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テーマ「拒否」

2017.4.17